精神科医、心理学者、ミュージシャン。 1970年代前後の関西フォークブームの出発点となる伝説のグループ「ザ・フォーク・クルセダーズ」の元メンバー。『戦争を知らない子供たち』『あの素晴しい愛をもう一度』『風』『花嫁』『白い色は恋人の色』『レッツゴー!サザエさん』などの作詞でも有名。『戦争を知らない子供たち』で日本レコード大賞作詞賞を受賞。『さらば恋人』は堺正章の歌で大ヒットを記録した。 特に1969年〜1971年あたりまでの活躍は目覚ましく、全共闘世代の若者たちの精神的支柱、イコンでもあった。その頃の著書に、『戦争を知らない子供たち』『さすらい人の子守唄』『ピエロの唄 北山修青春詞歌集』(角川文庫)などがある。 精神科医を目指して音楽界の表舞台から退いたのち、ロンドンに留学。ロンドン留学中に書きためた曲をアルバム『12枚の絵』として発表。同アルバムには、作曲・演奏・コーラスとして加藤和彦・杉田二郎・石川鷹彦が参加している。 1977年〜1978年には「自切俳人(ジキルハイド)」の名前でニッポン放送「オールナイトニッポン」木曜1部のパーソナリティを務めた。80年代には大森一樹監督の映画『ヒポクラテスたち』や野村恵一監督『森の向こう側』に出演。 1996年、2001年に「きたやまおさむのバースデイコンサート」をサンケイホールで開催。 2002年7月、加藤和彦・坂崎幸之助と「ザ・フォーク・クルセダーズ」(第3次)を新結成。CD『ザ・フォーク・クルセダーズ新結成記念解散音楽會(友情出演:加藤和彦・坂崎幸之助)』を発表。同年12月サンケイホールにてCD発売記念講演会を行う。 2006年CD『The Kanreki:きたやまおさむ還暦コンサート』を発表。同年9月、埼玉県狭山市の稲荷山公園で開催された『HYDEPARK MUSIC FESTIVAL 2006』では、「ポーク・クルセダーズ」を名乗り加藤和彦・坂崎幸之助とともに「足柄金太」の変名で出演した。 その他、本業の精神科医としての著書多数。
■主催 サンケイホールブリーゼ ■制作 天満屋 ■制作協力 北山精神文化研究所・OKプロジェクト